東京高等裁判所 昭和47年(く)143号 決定
所論は、まず、本案訴訟の第九回公判期日から裁判長の職務を担当することとなった近藤裁判長に対し、前任の播本裁判長のもとで作成された公判調書の朗読と、それに対して意見を陳述する権利の行使を断固として要求したにもかかわらず、近藤裁判長は、被告人らに対する発言禁止と退廷命令を乱用することによって、かかる被告人の不可侵の防禦権の行使を侵害し、更新手続を破壊したという。しかしながら、公判手続を更新する場合における訴訟手続としては、刑事訴訟規則二一三条の二に詳細が規定が設けてあるが、更新前の公判調書そのものを朗読すべきことを裁判所に命じたものは、なんら存しない。ただ、訴訟の実体面における心証形成行為が行なわれ、いまだ事実審理の終局を見ない間において、裁判官がかわったときは、従前行なわれた心証形成のための行為の結果を、新裁判官をして公判廷において、直接、口頭により受け入れさせ、かつ、当事者の意見、弁解を聴かせることによって、心証を形成させようとしているのであって、このことは、直接主義、口頭主義のたてまえからいって当然のことであり、このような心証形成行為は、公判廷で行なわれるのであるから、従前の公判廷で行なわれた心証形成のための行為の経過や内容を書き留めたものである公判調書の証拠調が更新手続における重要な一手続となることは、通常の場合肯定してよいと考える。ところで取り寄せにかかる被告人らに対する本案訴訟事件の記録を調査するに、原審昭和四五年七月一〇日第一回公判期日から同四七年三月二二日第八回公判期日までの間においては、その間陪席裁判官の変更による公判手続の更新が行なわれたほかは、被告人らに対する人定質問、弁論の分離または併合、起訴状の朗読、被告人、弁護人の公訴事実に対する釈明要求、検察官の釈明、公判調書の正確性に対する異議申立、被告人らの被告事件についての意見陳述、検察官のいわゆる冒頭陳述と証拠調の請求等が行なわれたのみであり、被告人の被告事件に対する意見陳述も、自己や共同被告人の関係部分について、実質的に内容に触れるものがなかったことが明らかである。そうであるとすれば、このような公判調書は、訴訟の実体面における心証形成のための行為の経過や内容を全く記載していないものであるから、裁判官がかわったからとて、刑事訴訟規則二一三条の二の三号、四号所定の手続をふまなければならない理由は、なんら存在しないことは、上記説示に照らし明らかである。論旨は、理由がない。
つぎに、所論は、近藤裁判長が更新手続のための公判廷において朗読されておらず、それに対する当事者の意見陳述によって点検されてもいない公判調書を法廷外で目を通したことをもって、予断排除の原則をふみにじったものであるという。しかしながら、公判手続を更新する際には、公判手続は、起訴状一本の状態に引き戻されてはいないのであって、従前の公判期日の公判調書は、予断排除の対象たるべき性質のものではない。刑事訴訟規則二一三条の二の三号本文が、更新前の公判期日における被告人若しくは被告人以外の者の供述を録取した書面又は更新前の公判期日における裁判所の検証の結果を記載した書面並びに更新前の公判期日において取り調べた書面又は物については、職権で証拠書類又は証拠物として取り調べなければならない旨を規定しながらも、同号但書において、「但し、裁判所は、証拠とすることができないと認める書面又は物及び証拠とするのを相当でないと認め且つ訴訟関係人が取り調べないことに異議のない書面又は物については、これを取り調べない旨の決定をしなければならない。」という例外規定を設けていることらかみても、更新前の公判期日の公判調書についていえば、たとえば、証人の供述記載部分につき、宣誓手続に重大なかしがあって証拠能力を欠くものと認められる場合とか、共同被告人を分離しないでその者を証人として尋問している場合とか、必要弁護事件であるのに特定の公判期日の公判調書に弁護人の出頭がないとか等で証拠能力がない公判調書はないかどうか等につき、従前の公判調書を手続の適正の面から検討して置くため、あらかじめその検討をすることを裁判所に対し義務づけているものといわなければならない。従前の公判調書を証拠調すべきかどうか自体についても問題は、さして異ならない。本件において、近藤裁判長が従前の公判調書を読んだというのも、これら調書中に、前示法条により職権で証拠調をすべきものの有無や、従来の手続の進行経過の大要、その適否を知らんとするためであったことは、本案記録第一一回公判調書中の裁判長の発言の記載によってうかがい知ることができるから、この点の論旨も理由がない。
その余の論旨は、右の論旨が理由がない以上、おのずから成り立たないこと明らかであって、特に判断を示すまでもない。
被告人らに対する本案訴訟事件の公判手続の更新手続は、昭和四七年五月一三日の第九回公判期日から同年六月二二日の第一〇回公判期日を経て、同年七月二〇日の第一一回公判期日に至る三回の公判期日において継続して行なわれ、刑事訴訟規則二一三条の二の一号および二号所定の手続が終った段階において、近藤裁判長が、これで公判手続の更新手続を終る旨を宣したところ、相被告人高嶋はこれに抗議し、同規則二一三条の二の三号の手続が未了であるから、いまだ更新手続は終ったことにならない旨を主張したので、同裁判長は、更新前の公判調書はあらかじめ読んでおるが、その中には、前示同法条三号により証拠調をすべきものは見当たらない等の意見を理由を付して述べた。しかるに被告人原田、同高嶋は、裁判長が更新前の公判調書を読んでいて、予断を持ち不公平な裁判をするおそれがあることを理由に、また太田弁護人は、公判手続の更新は、公訴の提起のあった段階からすべての手続をやり直すべきであり、もちろん従前の公判調書は、これに記載された被告人らの主張を含めて証拠調をされるべきであるのに、それをしないで更新手続が終了した旨を宣した裁判長の措置からみて、同裁判長は、不公平な裁判をするおそれがあるとこもごも主張して、同裁判長に対し忌避の申立をしたところ、原審は、検察官の意見を聴いたうえ、右各申立は、訴訟の遅延のみを目的としてなされたものとして却下する旨の決定をしたことが、いずれも明白である。そうである以上、上来説示したところで明らかなように、申立人は、更新手続に対する独自の見解を持ち、原審裁判長の理由を付した説得にも応じないで、同裁判長に対し、前示のとおり忌避を申立てたのであるから、その申立は、刑事訴訟法二四条一項にいう訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避申立に当たるものというほかはないから、原審がこれを同条により却下したことは、適法である。
(堀 平野 吉沢)